新庄 剛志の伝説

「野球に対するセンスがないって見切った」 - 1995年・・・

渾身のヒトコト!新庄剛志の伝説

「野球に対するセンスがないって見切った」 - 1995年、引退宣言の記者会見の場で(上述)。どうやらJリーグに転職するらしかったが、翌日に撤回し、ファンや記者をあ然とさせた。

「ぼくは盗塁に興味がないんです」 - 阪神時代、就任したばかりの野村監督に「なぜ盗塁しないのか」と尋ねられて。

「ぼくは外人になりたいです」 - 1997年シーズン開幕前、阪神ファン激励の集いでファンに「今年は何をがんばりたいですか」と聞かれ。

「明日も勝つ!」 - 1999年9月10日の試合後のヒーローインタビューで。しかし翌日からチームは12連敗。別の試合でも2回言っているがどちらも完敗している。ただこれに限らず、競技全般で「明日も勝つ」や「優勝」を口にすると実現しない事が多いというジンクスがある。

「両方カンタン!」 - 野球に出るのとCMに出るのどっちが難しい?という問いに答えて。

「自分の好きな球団が見つかりました。その球団は、ニューヨーク・メッツです!」 - 阪神時代、FA宣言した際の記者会見の場で。

「ジーンズが似合わなくなるのがいやだから、下半身は鍛えたくない」 - 「ウエイトトレーニングをしないのか」の質問を受けて。現在は考えを改め、サイズが変わらないように上手く下半身トレーニングを行っている。

「あれってミアミ?」 - メジャー在籍時のバス(?)遠征中、道路標識に「MIAMI」(マイアミ)と書かれていたのを見て。通訳は「あれはマイアミ」と答えたが新庄は「でも普通に考えたらミアミか、マイアマイじゃん」と譲らなかった。

「バント? ムリオだね。右打ち? 意味ナシオ」- 新庄はこの「ムリオ」「意味ナシオ」で流行語大賞を狙った。

メジャーリーグ時代、テレビ番組のインタビューで「もう俺、エーペだから」と答えた。「エーペって何ですか?」と問われ、「知らないの? 英語ペラペラのことだよ。三重じゃ有名!」と言って笑っていた。キャスターが「新庄さん、出身、大阪ですよね?」と質問すると、すかさず「あっ、俺、福岡!」と答えた。

「俺もアメリカ人だから戦わないと」 - ニューヨークで同時多発テロが発生したあとのインタビューで。

「Movie Star」 - アメリカ最後の年、メジャー昇格した新庄が一塁に出塁すると、一塁手から「来季はどうするんだ?」と声をかけられ、本人も「まだ分からない」と喋ったあとに「ムービースター」と言い出した。ちなみに、全て英語での会話である。

「その事には触れないで。思い出したくもない」 - 帰国後、メジャーでの生活を聞かれて。

「なまら北海道だべさ!」 - 入団会見の挨拶。後にこの「なまら」は方言ブームの中心として一般に知れ渡ることに。

「これからは、パ・リーグです!!」 - 2004年7月11日のオールスターゲームにてMVPを獲得した際のインタビューで。

「札幌ドームのロッカールームは携帯電話の電波が悪いから悩んでいたが、今度アンテナを付けてくれることになったので残留した」 - 2005年11月に日本ハム残留を発表した記者会見の場で。

「メジャーリーグでは英語ばかりで、これでやっと日本語で話ができると思ったら監督が外国人だった」 - 日本ハムの入団の気持ちを聞かれて。

「知ってる? オレ、背番号23だったんだよ。一番、楽しかったころ。マイナーね」 - マイナーリーグ時代のユニフォームを着たファンに出会って。

「ベストドレッサー賞はメジャーでもらった野球の賞より嬉しい」- ベストドレッサー賞受賞会見で。

「サッカーの方が今でも好き」「サッカー選手になりたかった」等、サッカーが好きなようである。

「今年のオレのゴールデングラブ賞はおかしい。1年間この賞を心の中で目指して取り組んでいた選手に申し訳ない。来年からは、印象ではなく数字で選んで欲しい。そうでないとこの素晴らしい賞の価値がなくなってしまう」 - ゴールデングラブ賞を受賞した際の発言。

古巣である阪神に対する強い思い入れから、2006年のレギュラーシーズン1位通過会見では「名古屋の方には申し訳ないけれど、日本シリーズは甲子園でやりたい」と発言した。この発言に対しては「ちゃんとした成績(リーグ優勝)を残してから言え」「まだ日本ハムの優勝が決まったわけでもないのに失礼だ」との批判も起きた。これについてはかつて阪神時代に名古屋の街は好きではないという発言も深く関係していたと思われる。結局、日本ハムは前記の様な批判されたのとは裏腹に新庄の発言通りプレーオフを全勝で勝ち抜いたが、阪神がセ・リーグを制覇することはかなわなかった。

「8番以外ならなんでもいいよ」 - 日本ハムへの移籍が決まり、インタビューで希望打席を聞かれたときに発言。新庄は「投手の前ってのは嫌なんですよ」と語ったが、キャスターが「パ・リーグですよ」と突っ込みを入れ、「なら、どこでもいいわ」と笑って答えた。

「プロ野球の存在意義は、その街の人々の暮らしが少し彩られたり、単調な生活がちょっとだけ豊かになることに他ならない。ある球団が中心で物事を進ませるセ・リーグにはない、野球くささをパ・リーグはもっている」 - 球界の趨勢が1リーグ制に傾きかけているとき、日刊スポーツ誌上で。

「北海道で、今後行ってみたい場所は?」に対し「引退後に行ってみたい所は網走刑務所。理由は有名だから」- 日本シリーズ制覇翌日に札幌ドームで行われた引退記者会見にて。

「オレ、毎日が日本シリーズなら4割打てるわ〜」 - 2006年の日本シリーズ中に飛び出した発言。ちなみにレギュラーシーズンでは、新庄は不思議なことに観客の数が多くなればなるほど打率が飛躍的にアップしていた。

「NEVER MIND WHATEVER I DO!FAN IS MY TREASURE.」 - 2006年のオールスターで新庄のベルトに流れたファンへのメッセージ。「ほっとけ、俺の人生だ。ファンは俺の宝物。」という意味。

「オレの華麗な守備を魅せられなくなるのは残念だけど、引退の年にゴールデングラブに選ばれるなんて(強運を)持ってるわ。日本ハムがこれからも最強の外野陣をつくっていってくれる事を信じて外から応援しとくばい」 - 2006年、10度目のゴールデングラブ賞の受賞が決まった時のコメント。

新庄剛志ヒトリファン倶楽部 | 引用「WIKIPEDIA」